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薩摩と長州

薩摩が、ついに長州と接近しました。

西郷のほぼ独断で、龍馬が動きました。

その後、薩摩の正式な決定になりました。

 

この背景には、海禁政策があります。

もともと薩摩は、琉球を通じた交易が黙認されていました。

その利益で、南の要として国防を任されていました。

 

同様のことは、対馬や松前にもあてはまります。

長崎は、言わば建前であったわけです。

 

ただ幕末になって、幕府は海外諸国の窓口になりました。

つまり、本音はさておき建前を守る必要がありました。

各藩が自由に交易できるのは、さすがにまずいですから。

ですから、暗黙の了解は通じなくなったわけです。

 

薩摩としてみれば、大きな利権を失うことになります。

ならば、倒幕の最先方である長州と同盟するのは自然の流れです。

こうして、薩長同盟は成立にむかいます。

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